異本四 雲ゐの峰

(昔、西の院といふところに住む人ありけり。)その人市になむ出でたりける。女車のありけるにいひつきにけり。とかくをかしきことなむいひつきて、女「すみかはいづくぞ」といひければかくなむいひたりける。

わが家は雲ゐの峰に近ければ教ふとも来(こ)むものならなくに

男、

かりそめにそむる心しまめならばなどか雲ゐをたづねざるべき

といひて別れにけり。

現代語訳

昔、西の院という所に住む人があった。その人が市に出たのだった。女の乗る車があったので声をかけたのだった。あれこれ面白い話などを言いかけて、女は「どこにお住まいですか」と聞かれて、このように言ったのだった。

わが家は雲ゐの峰に近ければ教ふとも来(こ)むものならなくに

(私の家は空高くそびえる峰に近いのです。それくらい、遠くにあるのです。だから、教えたとしてもあなたは来ることはできないでしょう)

男、

かりそめにそむる心しまめならばなどか雲ゐをたづねざるべき

(軽い気持ちから話しかけて始まった私たちの関係ですが、私はあなたに誠実な気持ちを抱いてます。どうして空高くそびえる峰のすまいを訊ねないことがありましょう。必ず訪ねていきます)

と言って別れた。

語句

■西の院 四条通りの北。西大宮通りの東。■いひつく 言い寄る。言いかける。 ■雲ゐの峰 空高くそびえる峰。

朗読・解説:左大臣光永