異本二 せがゐの水
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昔、女をぬすみてなむ行く道に、水のある所にて「飲まむとや」と問ふに、うなづきければ、杯(つき)なども具せざりければ、手にむすびて食はす。ゐてのぼりけり。男なくなりにければ、もとの所にかへり行くに、かの水飲みし所にて、
大原やせがゐの水をむすびつつあくやと問ひし人はいづらは
といひて来にけり。あはれあはれ。
現代語訳
昔、女を盗んで行く途中の道で、水のある所にて、男が「飲みたいか」ときくのに女がうなづいたので、水を汲む器なども持っていなかったので、手ですくって飲ませた。男は女をつれて都へ上ったが、男は死んでしまったので、女はもとの所ほ戻っていく途中、例の水を飲んだ所で、
大原やせがゐの水をむすびつつあくやと問ひし人はいづらは
(大原よ、清い湧き水の水を手にすくって私に飲ませてくれて、もう十分かときいた、あの人はどこに行ってしまったの)
と言って帰ってきた。哀れ深いことよ。
語句
■せがひ 清和井 清い湧き水のことか? ■大原 京都の大原か?
解説
六段「芥川」の、男が女を盗んで逃げる話とイメージが共通していますが、「芥川」が都から地方へ逃げる話であるのに対し、こちらは地方から都へ逃げており設定は違っています。男が女を盗んで逃げる話は『更級日記』や『大和物語』にも見えます。
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朗読・解説:左大臣光永