七 かへる浪

むかし、男ありけり。京にありわびてあづまにいきけるに、伊勢、尾張のあはひの海づらをゆくに、浪のいと白くたつを見て、

いとどしく過ぎゆく方の恋しきにうらやましくもかへる浪かな

となむよめりける。

現代語訳

昔、男がいた。京に住み飽きて東国に行ったのだが、伊勢・尾張の間の海岸を行く時に、波がたいそう白く立っているのを見て、

東への旅をして京から離れれば離れるほど、京が恋しくなってくるのに、うらやましくも京に返る浪よ。

と、詠んだのだった。

語句

■あづま 東国。 ■海づら 海岸。 ■「いとどしく…」 「いとどしく」は旅を続けるとともに。「過ぎゆく方」は過ぎ去っていく都のほう。

解説

七段から十五段までは、「東下り」の話です。業平とおぼしき男が、わけあって遠く東の方へ下り、その旅の行く先々での旅情をつづります。

都に帰っていく波を見て涙にくれていることから見て、単に物見遊山の旅ではなく、なにかのっぴきならない理由で都を追われたことが想像されます。

いわゆる貴種流離譚です。貴種流離譚とは、高貴な主人公がわけあって都や郷里を追われ、辺境の地をさまようという話の型です。

日本の神話でいえば、ヤマトタケルの話があります。ヤマトタケルは景行天皇の皇子でありながら父に憎まれて地方へ遠征にやらされ、故郷倭にもどってくる前に息絶えたと『古事記』には記されています。

ヤマトタケルといえば「東」は足柄山の東を指し、もともとヤマトケルが妻を喪ったときに足柄山の上から「吾妻よ」と歌ったことが語源とされます。

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