百二 世のうきこと
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むかし、男ありけり。歌はよまざりけれど、世の中を思ひしりたりけり。あてなる女の、尼になりて、世の中を思ひうんじて、京にもあらず、はるかなる山里にすみけり。もとしぞくなりければ、よみてやりける。
そむくとて雲には乗らぬものなれど世の憂きことぞよそになるてふ
となむいひやりける。斎宮(いつきのみや)の宮なり。
現代語訳
昔、男がいた。歌は詠まないのだが、男女の機微をよく理解していた。高貴な女が、尼になって、俗世間のことが嫌になって、都でもなく、はるかの山里に住んでいた。男とはもと親族同士なので、歌を詠み送った。
出家したといっても仙人のように雲に乗れるわけではないでしょうが、俗世間の嫌なことからは離れられるといいますね。
と詠み送った。この方は伊勢の斎宮を勤められていた方である。
語句
■世の中 男女の機微。 ■あてなり 高貴な。 ■世の中 俗世間。 ■思ひうんず 思ひ+倦むず。 いやになって。 ■しぞく 親族。 ■「そむくとて…」「そむく」は出家すること。「雲に乗る」は仙人めいた感じ。 ■斎宮 伊勢の斎宮。皇室の未婚の女子から選ばれた。伊勢神宮にお仕えする聖女。
解説
69段を中心とした伊勢の斎宮と業平との物語の後日談です。伊勢斎宮を下った恬子内親王(やすこないしんのう)がその後出家するに際して、業平とおぽしき男が、なぐさめの歌を贈るという話です。しかし男が「歌はよまざりけれど」となっていたり、細かい設定は少し変わっています。出家の気軽さを歌った歌では百人一首の喜撰法師の歌が有名です。
わが庵は都の辰巳しかぞ住む
世をうぢ山と人はいふなり
また能因法師が出家した時の思いを詠んだ歌も、味わいがあります。
今日こそははじめて捨つるうき身なれ
いつかはつひにいとひはつべき