四十九 若草
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むかし、男、妹のいとをかしげなりけるを見をりて、
うら若みねよげに見ゆる若草を人のむすばむことをしぞ思ふ
と聞えけり。返し、
初草のなどめづらしき言の葉ぞうらなくものを思ひけるかな
現代語訳
昔、男がその妹のたいそう美しくあるのを見ていて、
若くみずみずしいので、一緒に寝たくなる若草のように美しいお前。その美しいお前が他人の手に渡るなんて、残念に思う。
と申し上げた。妹の返し、
めずらしいお言葉ですね。私は特別な気持ちでなく、あくまで兄弟としてお兄様を思っていたのですよ。
語句
■「うら若み…」 「うら若み」は若くみずみずしいので。「ねよげ」は一緒に寝たくなりそうな。「人の結ばむ」は他人がこの妹と一緒になること。「思ふ」はここでは残念に思うこと。■「初草の…」「初草の」は「めづらしき」にかかる枕詞。「うらなし」は心に隔てない。
解説
「妹よ、お前かわいいなあ。ほかの男のもとに行くなんて、耐えられない」「なんですか兄さん、よしてください兄妹で。私、そんな気持ちありませんわ」そういうやりとりです。
貴族社会は一夫多妻制ですから、別腹の兄弟姉妹が多くいました。それらは別の屋敷で養育されたので、大きくなってから顔をあわせると、兄弟姉妹というより、男女の恋愛感情がめばえることも多かったのです。
また実の兄弟姉妹でも、それぞれ別の乳母や女房に養育されたので、兄弟姉妹といっても今より距離感があり、久しぶりに顔をあわすと肉親というより男女の気持ちがわきあがることも、あったでしょう。
この話は『伊勢物語』の別の写本「塗籠本」では、妹が琴を美しく爪弾いたとき、兄が心惹かれたことになっており、状況設定が具体的です。『源氏物語』「総角(あげまき)」では、この塗籠本『伊勢物語』が引用されています。
兄である匂宮が妹である女一宮のそばに『在五が物語』…『伊勢物語』の別名が置かれているのを見て影響を受けて、実の妹である女一宮に言い寄ると、「兄さま、私そんな気、ありませんわ」と、つっぱねられるという場面です。