四十六 うるはしき友
■『伊勢物語』解説・朗読音声を無料ダウンロードする
【無料配信中】福沢諭吉の生涯
■【古典・歴史】YOUTUBEチャンネル
むかし、男、いとうるはしき友ありけり。かた時さらずあひ思ひけるを、人の国へいきけるを、いとあはれと思ひて、別れにけり。月日経ておこせたる文に、
「あさましく、対面せで、月日の経にけること。忘れやしぬまひにけむと、いたく思ひわびてなむはべる。世の中の人の心は、目離(めか)るれば忘れぬべきものにこそあめれ」
といへりければ、よみてやる。
目離るとも思ほえなくに忘らるる時しなければおもかげに立つ
現代語訳
昔、男がいて、たいそう仲のいい友人があった。片時も離れずに気心が通じ合っていたが、その友人が地方へ赴任するので、男はたいそう残念がって別れた。年月経ってから友人からよこしてきた手紙に、
「あきれるほど長い間、会うことがなかったね。私のことなど忘れてしまったんじゃないかと、たいそう悲しく思っていたよ。世間の人の心は離れていると忘れてしまうもののようだからね」
と手紙にあったので、歌を書き送った。
私には貴方と離れているとは思えません。私は貴方を忘れる時がまったくありません。いつも貴方が幻に現れるので。
語句
■うるはしき 仲がいい。 ■さらず 「避らず」離れないで。 ■国 ここでは地方。■あさましく あきれるほど。 ■思ひわぶ 悲しく思う。 ■目離る 「離る」ははなれる。 ■あめり 「あんめり」の「ん」を省略。 ■「目離るとも…」 「思ほゆ」は自然に思われる。 「面影に立つ」は幻としてあらわれる。
解説
男同士の友情の、歌のやり取りです。地方官として赴任した友人から歌が届きました。もう私のことは忘れてしまいましたか。
離れていると人の心も離れるものですね。男が答えました。離れているなんて、私には思えません。まるで以前とかわらず、あなたと顔をあわせているようだ。
しょっちゅう、面影の中にあなたを見ていますからねと。