三十三 こもり江

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むかし、男、津の国、莵原(うばら)の郡に通ひける女、このたびいきては、または来じと思へるけしきなれば、男、

あしべより満ちくるしほのいやましに君に心を思ひますかな

返し、

こもり江に思ふ心をいかでかは舟さす棹のさしてしるべき

ゐなか人のことにては、よしやあしや。

現代語訳

昔、男が摂津莵原の郡に通っている女がいたが、この女は今回男が来たら次はもう来ないだろうと思っている様子だったので、男は、

葦の生えている岸辺にだんだん潮が満ちてくるように、あなたへの思いはいよいよ深まるのですよ。

女の返し、

人目につかない入り江に引きこもっている私の心を、どうしてあなたはそれと知ることができましょう)

田舎人の歌としては、いい出来なのだろうか、悪い出来なのだろうか。

語句

■津の国、莵原 現兵庫県芦屋市の地。在原業平の父阿保親王の領地があった。 ■「あしべより…」 第二句までは「いやましに」を導く序言葉。「あしべ」は葦の生えている岸のあたり。「いやましに」だんだん増してくる。「思ひます」ますます思いが深くなる。「こもり江に…」 「こもり江」は人目につかない入り江。「さして」は、棹をさす、目指すの掛詞。■ゐなか人のこと 「こと」は歌。田舎人の歌。

解説

男が帰っていく時に、女が「あなた、もう戻らないつもりなんじゃないの」「ばかな。そんなわけないだろう。君が大好きだ」「私だってあなたが大好きです」だいたいそんな内容です。

津の国、莵原は現在の兵庫県芦屋市の地と思われ、業平の父阿保親王の領地がありました。よってこの段の「男」は業平が強く意識されています。

芦屋の海岸に群生する葦が歌に詠み込まれ、最後の「よしやあしや」も、「葦(あし)」を「葦(よし)」ともいうことから、「よしやあしや」と、しゃれた結びになっています。

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