三十二 倭文の苧環
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むかし、ものいひける女に、年ごろありて、
いにしへのしづのをだまきくりかへし昔を今になすよしもがな
といへりけれど、なにとも思はずやありけむ。
現代語訳
昔、男がかつて関係していた女に、しばらく年月が経ってから、
織物を織るために糸を繰るように、貴女とやり直す手立てがあればよいのだがなあ。
と歌を書き送ったが、女は男のことをどうとも思っていなかったようだ。返事は無かった。
語句
■ものいひける女 男が関係していた女。■年ごろ 長い年月。 ■「いにしへの…」「いにしへの」は「しづ」を導く枕詞。「しづ」は古代の織物。横糸を青・赤に染め縞模様を織り成した。「をだまき」は、糸を丸く巻いたもの。糸を「繰る」ことから次の「くりかへし」を導く。第二句までが序言葉。「よし」は手立て。「もがな」は願望。
解説
「もの言ふ」は男女が情をかわすこと。かつて情を交わした二人も、いつしか疎遠になってしまったのです。
「どうしてこうなった。もう昔のようにやり直せないのか」と男が女に送った歌です。「しづ」は古代の織物で糸を青・赤に染め縞模様を織り成しました。
「をだまき」は、糸を丸く巻いたもので、糸を「繰る」ことから次の「くりかへし」という言葉を導きます。そんなふうに、糸を繰り出し、繰り出しするように、昔を今にすることができないかと。
この歌は後世しばしば引用されました。『義経記』では白拍子の静御前が夫義経を思い、若宮八幡宮の拝殿で、頼朝の前で歌う歌が、『伊勢物語』とは一部言葉を変えて、
しづやしづ倭文のをだまき繰りかへし昔を今になすよしもがな
と歌い舞ったという有名な話です