三十一 よしや草葉よ
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むかし、宮のうちにて、ある御達の局の前を渡りけるに、なにのあたにか思ひけむ、「よしや草葉よならむさが見む」といふ。男、
つみもなき人をうけへば忘れ草おのが上にぞ生ふといふなる
といふを、ねたむ女もありけり。
現代語訳
昔、宮中である男が上臈の女房の局の前を通っていったところ、男を自分の敵とでも思ったのだろうか、「まあいい、お前の草葉がしまいにどんな本性を見せるか、見届けてあげましょう」という。男は、
罪もない人を呪えば、忘れ草が自分の頭の上に生えてくるといいますよ(=人に忘れられますよ)。
と歌を詠んだのを聞いて、妬ましく思う女もいた。
語句
■宮のうち 宮中 ■御達 男。 ■局 身分の高い女房の部屋。 ■あた 自分に危害を加える者。 ■「よしや…」 『続万葉集』八・石上乙丸「忘れ行くつらさはいかにいのちあらばよしや草葉よならむさがみむ」を踏まえた呪いの言葉。「よしや」はまあいい。「さが」は本性。性質。 ■「つみもなき…」 「うけふ」は呪う。「忘れ草」は「草葉」を受けていう。人に忘れられる、捨てられること。
解説
「御達」は身分ある高貴な女房。男はその高貴な女房の局の前を素通りしたのです。当然訪ねてもらえると思っていた女房はキーッと頭に来て、呪いの言葉をあびせかけます。男としては呪われるいわれなんて無いので心外です。
そこで歌で切り返します。「罪の無い人を呪うとあなた自身にふりかかりますよ。頭に忘れ草がはえてきて、人に忘れられますよ」と。すると高貴な女房のお付きをしている侍女でしょうか。
とにかく最初に呪った女とは別の女が、主人が酷くいわれるのはやはり面白くなく、憎たらしい気持ちになったという話です。あまりモテるのもつらそうですね。