百二十三 鶉

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むかし、男ありけり。深草にすみける女を、やうやう飽きがたや思ひけむ、かかる歌をよみけり。

年を経てすみこし里をいでていなばいとど深草野とやなりなむ

女、返し、

野とならばうづらとなりて鳴きをらむかりにだにやは君は来ざらむ

とよめりけるにめでて、ゆかむと思ふ心なくなりにけり。

現代語訳

昔、男がいた。深草に住んでいた女を、だんだん飽きてきたと思ったのだろう、このような歌を詠んだ。

長い年月住み慣れた深草の里を私が後にすれば、その里はいよいよ草深い深草の野となるだろう。

女、返し、

この深草の里が野となってさびれ果てるなら、私は鶉となってこの里で鳴いていましょう。そうすればあなたはせめて狩りにでもおいでになるでしょう。仮にもおいでにならないなんてことは、ないはずです。

と詠んだのに感じ入って、男は出て行こうという心を無くしてしまった。

語句

■深草 京都市伏見区の地。 ■「年を経て…」 「いでていなば」出でて去なば。去るのは男。「いとど」はいよいよ。 ■「野とならば…」 「かり」には「狩」と「仮」を掛ける。

解説

男が女に飽きて去っていこうと歌を詠んだところ、女の返した歌が見事なので、男は女のもとを去ることをやめて、よりを戻したという話です。深草は京都市伏見区の北で桓武天皇・仁明天皇など皇室の陵墓があります。男の歌は、私が去っていけば深草の名の通り、草深い野となるのだろうねえ。

藤原俊成はこの物語を下敷きに、歌を詠みました。

夕されば野辺の秋風身にしみて
うづら鳴くなり深草の里

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