十五 しのぶ山

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むかし、陸奥(みち)の国にて、なでふことなき人の妻(め)に通ひけるに、あやしう、さやうにてあるべき女ともあらず見えければ、

しのぶ山しのびてかよふ道もがな人の心のおくも見るべく

女、かぎりなくめでたしと思へど、さるさがなきえびす心を見ては、いかがはせんは。

現代語訳

昔、奥州でなんということの無い平凡な夫の妻となっている女のもとに、男が通っていた。男は不思議に思った。この女はそんな平凡な夫の妻でいるような女でもないのにと。

しのぶ山という地名のように、あなたの心の奥へ通じる道を忍んで行きたいものだ。あなたの心の奥を知るために。

女はたいそう嬉しいと思ったが、でもこんな田舎者の心の奥なんて見たってがっかりするだけだわとも思うのだった。

語句

■なでふことなき 「なにといふことなき」の約。 ■さやうにても 平凡な人の妻として暮らしていること。 ■「しのぶ山…」 「信夫山」は福島の山。「しのびて」の枕詞。「通ふ」「道」「奥」は「山」の縁語。「もがな」は願望。 ■さがなし 性質が良くない。粗雑だ。 ■えびす心 田舎者の心。

解説

七段から続いた業平の東下りの話はここで終わります。業平と見られる主人公は行く先々で恋をしますが、はるか北の陸奥の国でまた、一人の人妻に出会います。

その人は、こんな田舎で地方官の妻となっているにはふさわしくないような、優美な気品をたたえ、もしかしたらさる高貴な血筋の方が、わけあって流れてきたのかとも思われる女性でした。

しかし、相手は人妻。男は歌を詠みますが、歌の中に詠みこんだ「信夫山」…福島県の歌枕信夫山に人目を「しのぶ」を掛けて、人妻ゆえに人目をしのんで会わないといけないという意味をこめます。

歌を受け取った女は「そんな、私なんて、あまりにも田舎者で、ガッカリさせちゃうんじゃないかしら」と恥じて、歌も返さなかったという話です。

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