五 関守
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むかし、男ありけり。東の五条わたりに、いと忍びていきけり。みそかなる所なれば、かどよりもえ入らで、わらはべの踏みあけたるついひぢの崩れより通ひけり。人しげくもあらねど、たび重なりければ、あるじ聞きつけて、その通ひ路に、夜ごとに人をすゑて守らせければ、いけどもえあはでかへりける。さてよめる。
人しれぬわが通ひ路の関守はよひよひごとにうちも寝ななむ
とよめりければ、いといたう心やみけり。あるじ許してけり。二条の后に忍びて参りけるを、世の聞えありければ、兄(せうと)たちの守らせたまひけるとぞ。
現代語訳
昔、男がいた。東の京の五条あたりに、たいそう忍んで通っていた。人目を避けるような場所なので、門から入ることもできず、童の踏み開けた築地の崩れから通っていた。この舘は人の出入りが多くは無いが、男がたびたび通ってきたので、舘の主人が聞きつけて、その通い路に夜ごとに番人を置いて警護させたので、男は行っても会えないで帰った。さて歌を詠んだ。
人知れずこっそり通っている私の通い路を守っている関守は、夜ごと夜ごとに、ちょっとでも寝てくれればいいのだが。
と詠んだので、女はそれはもう、心痛めた。なので主人は男が女のもとに通うのを許してやった。二条の后(藤原高子)のもとに男が通っていたのを、人目をはばかって、高子の兄たちが番人を置いて守らせたのだそうだ。
語句
■みそかなる所 人目を避けるような場所。 ■ついひぢ 「つきひぢ」の音便。筑地。土塀。 ■「人しれぬ…」「人知れぬ」は人に知られない。「関守」は関所の万人。「うち」は接頭語。「も」は感動の助詞。ちょっとでもの意。「ななむ」は助動詞「ぬ」の未然形+助詞「なむ」。寝てしまってくれという希望。■兄たち 高子の兄、藤原国経・基経ら。
解説
前の段と同じく、業平とおぼしき男と二条后藤原高子との恋を描きます。しかし前の段ではすでに高子は清和天皇に入内しているのに対し、こちらは入内する前だから、話の順番が逆になってます。
『伊勢物語』は、あまり厳密な時系列にこだわっていません。男がこっそり築地の崩れたところから女のもとに通っていたのを、宿の主人に知られて、番人を置かれてしまう。すると男は番人よ、はやく寝ろ。俺を通してくれという歌を詠みます。
女が悲しんだので、仕方ないわねえと宿の主人は男が通ってくることを許したということですが、ありえない話ですよね。
そんなことで間男を許すわけないし、壁をふさがれたなら別の進入経路を探せばいいだけです。しかしあくまで「歌物語」ですから、こういう思い切った飛躍もあるわけです。
「あるじ」とは、高子の叔母にあたる五条后順子(のぶこ)で、仁明天皇の后であり文徳天皇の母にあたります。高子は若い頃、この叔母の館に起居していました。系図をご参照ください。
五条后と二条后(高子)