二十九 花の賀

むかし、春宮の女御の御方の花の賀にめしあづけられたりけるに、

花にあかぬ嘆きはいつもせしかども今日の今宵に似る時はなし

現代語訳

昔、皇太子の母である女御の花の季節の長寿を祝う儀式に召しだされて参加させられたところ、こう詠んだ。

花をまだまだ見たりない、もっともっと見ていたい。その嘆きはいつものことですが、今日の今宵の嘆きは格別です。今までこれほどの嘆きはありませんでした。

語句

■春宮の女御 「春宮」は皇太子。皇太子を生んだ母の女御。二条后藤原高子と思われる。藤原高子は清和天皇の女御で、後に陽成天皇となる皇太子貞明親王を生んだ。■花の賀 花の季節に行われる長寿の儀式。「賀」は四十の賀、五十の賀など長寿を祝う儀式。■めしあづけられたりけるに 「あづく」は加えられる。■「花にあかぬ…」 「花にあかぬ」はまだ花に満足しない。もっと見たい。

解説

四段、五段を中心とした高子と業平の物語の後日談です。「春宮の女御」と書かれているのが、皇太子の母である女御。すなわち高子のことです。

若い頃は業平とあやまちを犯した高子も、いまや清和天皇に嫁いで皇太子…後の陽成天皇を生み、二度と手の届かない御簾の向うの世界へ行ってしまいました。

そんな中、業平は高子の館で開かれた花の賀に招かれます。大勢の官人たちが集まってワイワイいっている中、満開の桜を眺めていると、若い頃、高子との恋に身をこがしたことが思い出され、しかしそんな気持ちは御簾の向うの高子に伝えるすべもなく、今夜の花が、いっそう愛しく思えてくる…そんな場面です。

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