百十六 はまびさし

むかし、男、すずろに陸奥の国までまどひいにけり。京に思ふ人にいひやる、

浪間より見ゆる小島のはまびさし久しくなりぬ君にあひ見で

「何ごとも、みなよくなりにけり」となむいひやりける。

現代語訳

昔、男がなくとなく心惹かれて陸奥の国までさまよい行った。そして京に残してきた思い人に言い送った。

浪間から見える小島の海沿いの家々の庇。その庇という言葉のように、久しくなってしまいました。お互い逢わなくなってから。

「何事も、みなよくなりました」と言って送ったのである。

語句

■「浪間より…」 上の句は「久しく」を導く序詞。「はまびさし」は浜辺の家々の庇。

解説

前段から引き続き、陸奥の旅の話です。また7段9段あたりの東下りのイメージも引きずっています。はるばる陸奥へ旅してきた男ですが、京に残してきた愛しい人に歌を書き送るのです。その歌は浪間に見える小島の海岸に建っている家々の庇。その庇という言葉から「久しい」を導き、貴女と会えなくなって久しいと、会いたい気持ちをつづります。

最後は「何事もすべてよくなった」と納得しています。海岸で膝小僧かかえて、「うん、うん」なんて一人うなづいている様子が浮かびます。旅に出て、いろいろあったけど、結局は貴女が一番愛しいとわかった。それが確認できただけで、旅の意味はあったというこいう実感が、「よくなりにけり」にこもっています。

『万葉集』の歌が原型になっています。

波の間ゆ見ゆる小島の浜久木
久しくなりぬ君に逢はずして

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